親が介護施設や老人ホームへ入居すると、それまで暮らしていた実家が空き家になることがあります。
「誰も住まないなら早く売った方がいいのか」「施設費用に充てたい」「親が認知症になったら売れなくなるのか」と考える一方で、親が自宅へ戻る可能性や本人の気持ちを考えると、すぐ処分してよいのか迷う家庭も少なくありません。
施設へ入居したからといって、実家を必ず売却する必要はありません。ただし、何も決めずに空き家のまま置いておくと、維持費や管理負担が続くだけでなく、本人の判断能力や税制上の期限によって後から選択肢が狭くなる場合があります。
まず確認したいのは、実家の名義、親本人の意思、実家へ戻る可能性、現在の判断能力、実家を保有する費用です。
実家全体の整理手順から確認したい場合は、実家じまいの進め方もあわせて確認してください。
親が施設へ入ったら実家をすぐ売る必要はない
施設入居後の実家には、大きく分けて次の選択肢があります。
| 選択肢 | 向いている状況 | 主な注意点 |
|---|---|---|
| そのまま残す | 親が自宅へ戻る可能性がある | 税金・保険・管理・修繕などの負担が続く |
| 家族が使う | 子や親族が居住・管理する予定がある | 親本人の意思や所有関係を確認する |
| 賃貸する | 一定期間保有しながら活用したい | 修繕・空室・賃貸管理・将来の利用との両立を確認する |
| 売却する | 親が戻る可能性が低く、家族も利用しない | 名義・本人意思・税金・売却価格を先に確認する |
施設への入居が短期間なのか、今後も施設で生活する可能性が高いのかによっても判断は変わります。
たとえば、リハビリ後に自宅へ戻る可能性が高い時期に家を売却すると、本人の生活の選択肢を失うことがあります。
一方で、長期入居が決まり、本人も自宅へ戻らない意思を示しており、家族にも利用予定がないなら、売却を含めて具体的に検討しやすい状態です。
最初に確認する5つのこと
1.実家の名義は誰か
最初に登記事項証明書などで、土地と建物の所有者を確認します。
親が購入した実家でも、土地だけ祖父母名義のまま、父母の共有、すでに一部を子が相続しているなど、実際の登記が家族の認識と異なることがあります。
親名義であれば、その家は親の財産です。子どもが「施設費用が必要だから」と独断で売却することはできません。
2.親本人は売却を希望しているか
親に十分な判断能力がある場合は、本人の意向を確認します。
- もう実家へ戻らないと考えているか
- 売却そのものに同意しているか
- 最低限残してほしい家財や思い出の品はあるか
- 売却代金を施設費や生活費に使うことをどう考えているか
子ども側にとって管理が大変でも、本人にとって実家は生活の基盤だった財産です。
価格だけでなく、本人の今後の住居と生活資金を含めて話し合います。
3.実家へ戻る可能性はあるか
施設へ入居した時点で、必ずしも自宅へ戻らないことが確定しているとは限りません。
本人、施設、医療・介護関係者などの情報を踏まえ、現在の施設が一時的なものなのか、今後の生活拠点になる可能性が高いのかを確認します。
戻る可能性が現実的に残っている場合は、売却を急がず、一定期間管理する選択肢もあります。
4.親本人が売買契約を理解し判断できる状態か
不動産売却では、所有者本人が売却の内容を理解し、自分の意思で契約することが前提になります。
認知症という診断名だけで一律に売却できる・できないが決まるわけではありませんが、売買契約の内容や結果を理解できない状態では、そのまま本人名義で契約を進めることはできません。
不動産会社や登記を担当する司法書士から、本人への意思確認が行われることもあります。
5.実家を残した場合の年間負担はいくらか
「売るのはまだ早い」と考える場合でも、保有費用は把握しておきます。
- 固定資産税・都市計画税
- 火災保険など
- 庭木・草刈り
- 換気・通水
- 修繕費
- 空き家管理サービス
- 実家へ通う交通費
現在の査定価格と年間維持費が分かれば、「数年間残す」という判断にどの程度の費用が必要か比較できます。
親名義の実家を子どもだけで売ることはできない
実家が親名義であれば、原則として売主は親本人です。
子どもが手続きの一部を代理することはありますが、その場合も本人に売却意思と必要な判断能力があり、適切な委任関係があることが前提です。
「子どもだから」「将来相続する予定だから」という理由だけで、親名義の不動産を売却する権限が生じるわけではありません。
施設費用を支払っているのが子どもであっても、この点は同じです。
親の判断能力が低下している場合はどうする?
施設入居後に認知機能が低下し、本人が不動産売却について十分に判断できない場合は、家族だけで売買契約を進めず、法的な手続きを確認する必要があります。
状況によっては成年後見制度などを利用し、選任された成年後見人等が本人に代わって財産管理を行います。
さらに重要なのが、実家が本人の「居住用不動産」に当たる場合です。
裁判所では、現在本人が施設へ入所していてその家に住んでいなくても、施設入所前に住んでいた家や、将来戻る可能性のある家を居住用不動産に含めています。
成年後見人、または一定の代理権を持つ保佐人・補助人が、このような居住用不動産を売却する場合は、家庭裁判所の事前の許可が必要です。
裁判所では、売却の必要性、本人が自宅へ戻る可能性、今後の生活場所、本人の意向、資産・収支状況、売却価格の妥当性などを確認します。
施設費用が必要だからという理由だけで自動的に売却が認められる制度ではありません。
判断能力が低下してから初めて実家売却を考えると手続きが増える可能性があるため、親が意思表示できる段階から「将来この家をどうするか」を話しておくことには意味があります。
実家を売って施設費用に充てることはできる?
親本人が所有する実家を適法に売却した場合、その売却代金は基本的に親本人の財産です。
そのため、本人の施設入居費、月額利用料、医療・介護費、生活費などに使うことは考えられます。
ただし、査定額がそのまま施設費用として残るわけではありません。
売却前には、少なくとも次を確認します。
- 想定売却価格
- 仲介手数料などの売却費用
- 住宅ローン等の残債
- 譲渡所得税が発生する可能性
- 家財処分や測量などの費用
- 売却後の手取り額
- 施設の入居一時金と毎月の費用
- 今後必要になる生活費・医療介護費
「査定3,000万円だから施設費用も3,000万円確保できる」とは考えず、手取り額で資金計画を立てます。
施設入居後の実家売却で確認したい3,000万円特別控除
親本人が、自分が住んでいた実家を売却する場合、一定の要件を満たせば「居住用財産を譲渡した場合の3,000万円特別控除」を利用できる可能性があります。
現在住んでいる家だけでなく、以前住んでいた家についても対象となる場合があります。
国税庁では、以前住んでいた家について、原則として住まなくなった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売却することを要件の一つとしています。
そのため、施設入居後に「当面そのままにする」と決める場合でも、親が実際にその実家で生活しなくなった時期を確認しておくことが重要です。
なお、「施設に入居した日からちょうど3年以内に売らないと使えない」という意味ではありません。基準になるのは税法上の「住まなくなった日」と年末までの期限です。
また、3,000万円は売却価格から無条件に差し引かれるものではなく、譲渡所得を計算したうえで適用される特別控除です。他にも適用要件があります。
実家を貸したら3,000万円控除は使えなくなる?
親本人の「以前住んでいたマイホーム」に関する3,000万円特別控除について、国税庁は、住まなくなった後の家屋をどのような用途に使用していてもよいとしています。
そのため、施設へ移った後に一時的に貸したことだけで、生前売却時のこの特例が直ちに利用できなくなるとは限りません。
ただし、将来親が亡くなり、相続人が「相続空き家の3,000万円特別控除」を利用しようとする場合は話が別です。
老人ホーム等へ入所した親の旧自宅を、相続空き家特例の対象として扱うための要件には、施設入所後から相続直前まで、原則としてその家を事業、貸付け、親以外の人の居住に使用していないことなどが含まれます。
「今貸すかどうか」の判断が、将来の相続時の税制にも関係する可能性があるため、税制特例を重視する場合は事前に税理士等へ確認した方が安全です。
親が施設で亡くなった場合でも相続空き家特例を使えることがある
相続空き家の3,000万円特別控除は、原則として被相続人が相続直前まで住んでいた一定の家を対象とする制度です。
ただし、親が要介護認定等を受けて老人ホームなどへ入所していた場合には、一定の条件を満たすことで、入所前に住んでいた実家も対象になる場合があります。
主な条件には、次のようなものがあります。
- 一定の老人ホーム等への入所であること
- 施設入所前は親が主として住んでいた家であること
- 入所後も親の物品の保管などに使用されていたこと
- 入所後から相続直前まで、原則として貸付けや他人の居住に使用されていないこと
- 1981年5月31日以前に建築された一定の家屋であること
- 区分所有建物でないこと
- 一定の期限内に売却すること
- 売却代金が1億円以下であること
現行制度では、一定要件を満たす2027年12月31日までの譲渡が対象です。
さらに2024年以後の一定の売却では、売却後、翌年2月15日までに耐震基準を満たすか建物を取り壊す類型も設けられています。
親本人が生前に売る場合の特例とは別制度なので、「施設へ入った親の実家なら3,000万円控除が使える」と一括りにしないことが重要です。
施設入居後に売却を早めに検討しやすいケース
次の条件が複数当てはまる場合は、少なくとも現在の査定価格を確認しておく価値があります。
- 親本人が実家へ戻る予定はないと考えている
- 親本人も売却に同意している
- 家族にも実家を使う予定がない
- 遠方で空き家管理が難しい
- 固定資産税や管理費の負担が大きい
- 建物の劣化が進んでいる
- 施設費用・介護費用の確保が必要
- 居住用財産の税制上の期限を確認する必要がある
売却するとまだ決めていない段階でも、査定を受けることはできます。
現在の売却価格が分かれば、「5年間残す場合の維持費」と「今売った場合の手取り」を数字で比較できます。
まだ売らずに残す判断が合理的なケース
反対に、次のような場合は売却を急がない方がよい可能性があります。
- 親本人が自宅復帰を強く希望している
- 施設入居が一時的である
- 家族が近い将来住む予定がある
- 売却について親本人の意思が定まっていない
- 家族間で方針を話し合えていない
- 名義や権利関係が整理できていない
ただし、「売らない」と「何も決めない」は別です。
残す場合も、半年後や1年後などに、親の状態、帰宅可能性、年間維持費、査定価格を再確認する時期を決めておくと判断を先送りし続けにくくなります。
賃貸に出す場合は売却とは別の検討が必要
空き家になる実家を賃貸して、家賃収入を施設費用に充てる方法もあります。
ただし、賃貸は「売らずに収入を得られる」というメリットだけで判断できません。
- 入居前に修繕が必要か
- 想定家賃はいくらか
- 空室期間を含めても収支が合うか
- 管理会社へ支払う費用はいくらか
- 親が家へ戻る場合に対応できるか
- 将来売却するときにどのような状態になるか
- 相続空き家特例など将来の税制へ影響しないか
売却査定だけでなく、賃料査定と必要な修繕費を確認し、手取り収支で比較します。
施設入居後の実家を売却する流れ
1.名義と本人の意思を確認する
登記名義と親本人の売却意向を確認します。
2.本人の判断能力に問題がないか確認する
本人自身で契約できる状態かを確認します。判断能力に不安がある場合は、不動産会社だけで進めず、司法書士や弁護士などへ早めに相談します。
3.実家の現況を確認する
家財、建物状態、境界、接道、住宅ローン、権利証類などを確認します。
家財が残っているから査定できないとは限りません。片付け前に査定を受け、売却方法を決めてから必要な範囲だけ整理する方法もあります。
4.複数の不動産会社へ査定を依頼する
査定額だけでなく、次の内容を比較します。
- 査定価格の根拠
- 周辺の成約事例
- 想定売却期間
- 築古住宅として売るか土地として売るか
- 家財を残した状態で対応できるか
- 仲介と買取それぞれの価格
5.売却後の手取りを計算する
査定価格から売却費用や税金の可能性を考慮し、施設費に回せる資金を計算します。
6.仲介か買取かを決める
時間を確保して市場で買主を探すなら仲介、価格よりも売却時期や確実性を重視する場合は買取も比較します。
| 比較 | 仲介 | 買取 |
|---|---|---|
| 買主 | 主に一般の購入希望者 | 不動産会社など |
| 価格 | 市場価格での成約を目指しやすい | 仲介より低くなる傾向 |
| 期間 | 買主を探す時間が必要 | 条件が合えば短縮しやすい |
| 向いている状況 | 価格を重視できる | 施設費等で期限を重視する |
7.媒介・売買契約から引き渡しへ進む
仲介なら不動産会社との媒介契約、販売活動、買主との売買契約、残金決済、所有権移転、引き渡しへ進みます。
親本人が施設にいる場合は、本人確認や契約方法を不動産会社・司法書士と早い段階で調整しておくと、契約直前に手続きが止まるリスクを減らせます。
施設へ入る前に売る?入った後に売る?
どちらが一律に有利とは決められません。
親がまだ自宅で生活しており、退去日や施設入居が確定していない段階で売却すると、住居の確保が問題になることがあります。
一方で、施設入居後に長期間何もせず、本人の判断能力が低下したり、税制上の期限が近づいてから売却を始めると、手続きに余裕がなくなる可能性があります。
現実的には、施設入居が具体化した段階で査定だけ先に受けておき、親本人の意向、施設生活の見通し、実家へ戻る可能性が整理された時点で売却を決定する方法があります。
査定を受けることと、実際に家を売ることは別です。
親の施設入居と実家売却でよくある質問
親が老人ホームに入ったら、子どもが実家を売れますか?
親名義であれば、子どもであることだけを理由に売却することはできません。
親本人に判断能力があり、本人の意思による売却として適切な代理手続きを取る場合と、判断能力が低下して成年後見等の手続きが必要な場合では対応が異なります。
親が認知症なら家は絶対に売れませんか?
診断名だけで一律に決まるものではありません。
重要なのは不動産売買の内容を理解し判断できる状態かどうかです。本人だけで契約できない場合でも、成年後見制度などを利用して売却を検討できるケースがあります。
成年後見人等が本人の居住用不動産を売却する場合は、家庭裁判所の許可が必要です。
施設費用のためなら家庭裁判所は必ず売却を認めますか?
必ず認められるとは限りません。
本人の帰宅可能性、今後の生活場所、資産・収支、売却の必要性、価格の妥当性などを踏まえて家庭裁判所が判断します。
施設入居から3年以内なら3,000万円控除を使えますか?
「施設入居から3年以内」という単純な制度ではありません。
親本人が以前住んでいた自宅を売る場合は、原則として住まなくなった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までという期限があります。他にも適用要件があります。
施設入居後に実家を貸したら売れなくなりますか?
売却自体ができなくなるわけではありません。
ただし、賃貸借契約の状況や将来の利用方法を踏まえて売却する必要があります。また、将来相続空き家特例を使う可能性がある場合には、施設入居後の貸付けが要件に影響する可能性があります。
家財を全部捨ててから査定した方がいいですか?
必ずしも先にすべて処分する必要はありません。
先に査定して、仲介・買取・解体などの売却方法を決めた方が、不要な片付け費用を抑えられることもあります。
まず「売るか」ではなく、名義・意思・帰宅可能性・価格を確認する
親が施設へ入居したとき、実家をすぐ売る必要はありません。
しかし、何年も何も決めないまま空き家にしておくことにも、管理費用、建物劣化、本人の判断能力、税制期限などの問題があります。
最初に確認するのは、実家の名義、親本人の意思と判断能力、自宅へ戻る可能性、年間維持費です。
そのうえで現在の査定価格と売却後の手取りを確認すれば、「今売る」「一定期間残す」「貸す」という選択肢を数字で比較できます。
まだ売却すると決めていなくても、査定と媒介契約は別です。実家の現在価値を把握し、親本人の生活を優先しながら処分時期を決めるのが現実的です。
参考にした公的情報
- 国税庁「マイホームを売ったときの特例」
- 国税庁「過去に居住していたマイホームを売ったとき」
- 国税庁「被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例」
- 国税庁「被相続人が老人ホーム等に入所していた場合の被相続人居住用家屋」
- 裁判所「成年被後見人(被保佐人、被補助人)の居住用不動産の処分についての許可」